―――光と黄昏の大戦、此の戦乱に因り世界は二つに分断された。

一つは聖王率いる暁の聖王国。もう一つは魔王トワ率いるダスク魔王国。

その戦争は余りにも不毛で、人々は飢え、苦しみ、嘆き、多くの生命が黒き焔に消えた。

其の激しい大戦に終止符を打ちしは緑の髪の一人の若者、彼の名はヒカリ。

臆病で弱気な彼は光の勇者としての重い宿命を背負いし少年。

聖王国の唯一の希望である彼は多くの苦難と悲劇を乗り越え、魔王トワと対峙する。




神の力を宿し少年と赫の堕天使の名を冠し魔王。其の戦いは壮絶な物でした。

トワの圧倒的な力の前に彼は……敗れた。然しトワは彼の命を奪いませんでした。

魔王トワは戦いには勝つも、彼の善心と掲げる正義感の前に戦意を失ったのだった。

こうして、長きに亘る光と黄昏の大戦は呆気無く幕を下ろす―――



その後、魔王トワは勇者ヒカリと共に長い旅に出る。

其の旅は自身の犯した過ちを償う為、そして世界を更なる混沌から救う為。

軈て二人の長い旅は終わり、光の勇者と魔王トワは袂を分かち合う。

魔王トワは遥か遠い闇に鎖されし地に偉大なる王国を築く。

そして勇者ヒカリは……二度と姿を現す事はありませんでした。



あれから幾数年後――――――





此処がトワの創った国……。よくこんな所に国を建てたもんだ。
闇の世界に国を創るなんて魔王らしい発想だ。そう言えばトワと会うのは久しぶりだな……。
何でも僕の力がどうしても必要だなんて……! 一体どんな敵と戦うんだろうか……。
でも僕もあれから更に強くなったんだ!今の僕なら……、魔王トワを倒せる!!
……いや、倒したら駄目なんだっけ。




―黄昏の国 グランデ=トワ―
魔王トワが治める国家。面積は埼玉県蕨市とほぼ同じ。
血のように染まりし月が照らす大地に聳える赫の城壁の内部が此の国の領土。
勇者ヒカリはトワの召集を受け、黄昏の国へと足を踏み入れる―――



……思っているよりも賑やかだ。住民も僕に対しては敵対していない。
とは言え流石に闇を好む魔族ばかりだ。こういう所も魔王らしいや。
可愛い魔族の女も一杯いるし。まるで闇の中の楽園って所だ!


僕はトワの居る城に辿り着いた。城自体は小さめだが庭がとても広い!
例えるなら……、僕の村のお金持ちが住んでいた屋敷の2倍はあるかな?
闇の中に咲く紅い花が不気味さを醸し出す。……と言うよりも紅い花しか咲いていない!
僕は城の中に入って行った。城内のエントランスで僕を待っていたのは……

久し振りじゃのう、勇者ヒカリよ。妾はずっと其方を待っておった。
随分見ない内に逞しくなったようじゃな。早速じゃが妾の部屋まで案内しようぞ。


久しぶりに見る魔王トワ!あの時と変わらない魔王の姿が僕の目の前に居る。
僕はトワの後を付いて行った。そう言えば女の子の部屋に入ったのは僕の幼馴染以来だっけ。
トワの部屋は赫と黒のゴシック調で絵画が飾られていた。ベッドの上には縫い包みもある。
その隣にはペットらしき生き物が動いている。何か赤い被り物をしているみたいだ。
老獪な口調が特徴的な魔王と言えども中身は可愛らしい乙女なんだな……。
テーブルの上には洋菓子が置かれている。トワは椅子に座って紅茶を飲んでいる。
どうやらお茶会でもしながら話でもしようではないかと誘っているらしい。

こうして勇者と一緒に話をするのも久し振りじゃのう。其方、今まで何をやっておった?
あれから全く姿を見せておらんかったが……。何処かで野垂れ死んでおるじゃろうと思うておったわ。
まあ其方が生きていて妾は嬉しいぞよ。ほれ、再会祝いのケーキと紅茶でもどうじゃ?

……ありがとう。まさかトワにこんな可愛らしい趣味があったなんて……。
僕、女の子の部屋なんて幼馴染の部屋しか入った事が無くて……。
正直驚いたよ。僕の知っているトワは焔を操って剣も強くて豪快で……
やっぱりトワも魔王と言えども本当は花や可愛い物が大好きな乙女なんだね?

妾が乙女扱いとは……。そう言われるのも久しいのう。
さて、本題と行こうか。妾が其方を呼んだのも他では無い。緊急事態じゃ。
今、地球を圧倒的な絶望と恐怖で支配しておる悪魔の話を知っておろう?

邪神コビッドの事……ですね?
行方を眩ませておったにも関わらず良く知っておるのう。
こんな極悪な邪神の話は此の世界でも行き渡って当然ですよ。
コビッドって地球の人間を無差別に襲撃し、多くの人の命を奪っているとても悪い邪神ですよね。
此の邪神の所為で地球の日常と秩序、笑顔その他諸々が奪われている……とか?

其の通りじゃ。此奴は生まれて僅か半年で地球を征服し、神々を屠り尽くしておる。
其れもたった1匹でのう。今の地球は魔界と化しておる。此処には神など存在せん。
世界の運命と決定権は此奴に委ねられておる。絶望と恐怖こそが神なのじゃ!!
……妾はそんな邪神と戦う準備をしておる。其の為には光の勇者ヒカリ、其方の力が必要じゃ。

まさかこんな形でトワと共闘するなんてね……。でも、二人なら大丈夫!
だって僕達で此の世界を救ったんだ!!邪神コビッドだって力を合わせれば勝てる筈!!

……残念ながら其方と組んで勝てる程今度の敵は柔でないぞよ。じゃが、三人ならどうじゃ?
其処にもう一つティーカップが置いてあるじゃろう?直に戻ってくる筈じゃが……。

……誰だ、此の緑髪の餓鬼は?
終焉よ、何時の間に戻って来ておったか。此奴は光の勇者ヒカリじゃ。
要するは……、此奴は妾の恋人じゃ。

ぼ……、僕が恋人?!ちょっ……、何て事を言うんだよトワ!!
何とは……、旅仲間じゃろうが。妾と其方の二人旅、最早恋人同然じゃろう?
其方の付き合いも長かろう。そんな中で恋心が芽生えても可笑しくは無かろうか?

まさか黄昏の野郎に彼氏が居たとはな……。まさか結婚とかは
する訳ないでしょう!!
それに君とは別の恋人が居て……、もう僕は結婚してるんだ!幼馴染のエリーと!!
……まさか妾の居ぬ間に結婚しておったとはのう。其れも幼馴染とは羨ましいのう。
やはり其方の故郷の村を燃やしておくべきじゃったか……。
そうすれば妾と結婚する運命だったじゃろうのう、勇者ヒカリよ?

光の勇者と魔王の子孫、俺も少し興味があったが既に結婚してたとなれば残念だ。
黄昏、てめぇも早く婚約相手を見つけろ。先は長いが魔王の血筋が途絶えてもいいのか?

……まだ慌てる時期ではないぞよ。そうじゃ、終焉よ。ちと頼みがあってのう。
光の勇者と妾と其方で手を組んでコビッドを倒すのじゃ。三人なら対等に闘えるじゃろう?

……遂にこの時が来たか。だがコビッドはあの時よりも遥かに強くなっている。
それだけじゃねぇ。彼奴は更に凶悪な覚醒を未だ何度も残していると聞いた。
こんな頼りねぇ餓鬼を加えても勝てる可能性は変わりはしねぇと思うがな。

安心せい。こう見えても此奴は妾の居る世界を救った英雄じゃ。
何しろ地球の闇を振り払い得る希望の光じゃ。実力は妾が保証するぞえ。

……何か僕、期待されてるみたいだけど……。
そう言えば、黒尽くめの服の男は一体……?終焉って……?

言い忘れておったな。此奴は終焉の堕天使、ヤミと言う名が付いておる。
そしてダスクのもう一人の魔王じゃ。妾と終焉で一つの魔王、と言っても良かろうか。
正直言っておくが、此奴は妾より更に強い男じゃ。

えええええっっっ!?ま、まさかダスクにもう一人魔王が居たの?!
トワ単体ですら歯が立たなかったのにまだ更に強い人が居るなんて……!!

運が良かったと思え。黄昏の野郎の代わりに俺が魔王だったらてめぇ、死んでたぞ。
俺は黄昏の野郎と違って手加減出来ねぇ質でな。

此奴はずっと深淵の世界に封印されておったからのう。妾の城に来て1年は経っておる。
じゃが安心せい。今の終焉は其方の味方じゃ。
此奴と戦っておったら其方は今頃冷たい土の下で骨になっておったじゃろう。


ダスク魔王国恐るべし……!僕はこんな勢力の国を相手に孤軍奮闘してたのか……。
何よりもそんな人達と手を組んでも勝てない邪神コビッドの方が恐ろしいや……。
果たして僕は地球を救えるのだろうか……。何しろ今度の敵は圧倒的に強すぎる……!!
あの……、会話の途中だけど僕、トイレに行きたいんだけど。案内できます?
トイレじゃな。妾も丁度紅茶を飲み過ぎておしっこに行きたくなった所じゃ。

僕とトワはトイレの為、席を外した。トワと一緒にトイレだなんて二人旅以来だ。
何せトワは僕の目の前で屈んで用を足すような人だ。魔王とは言え恥じらいは無いようだ。
僕が沐浴している時ですら全裸で僕の隣に来るんだ。壊滅的に小さいトワの胸が今でも脳裏に過る。
こう言うのは僕は嫌と言うほど見て来た。其れですら懐かしく感じる。
トイレには2つの個室と立ち小便器がある。片方は洋式でもう一つは和式トイレ。
トワは和式の方に入って行った。意外にもトワは和式派なんだな。其れにしても小便の音が激しい。
随分と我慢してたんだな。僕が用を足し終えても個室から聞こえる音が止まらない。
30秒ぐらいして水が流れ、トワが個室から出て来た。スッキリした表情だ。
……何じゃ、顔が真っ赤じゃぞ?そんなに妾の小便の音が懐かしいかのう?
相変わらず君は恥知らずだな。そう言う所もトワらしいや。
君がダスクの魔王だった時からそうだったさ。僕との決戦の途中で抜け出して岩陰で……

仕方無かろうが。妾の焔魔法は無限に使える代わりに使いすぎると尿意を催す代償を伴うのじゃ。
それにあの時、妾が用を足しておる所を陰から眺めておったじゃろう?其れも興味津々での。
意外と勇者は変態なんじゃな。まあ妾なら見られても如何と言う事は無いがのう。
今更じゃが拭く物を貸してくれた分の恩も此処で返しておこうかのう。
そう言う所と不意打ちと言った卑怯な真似をしなかった其方は勇者の鑑じゃな。

まさか恥知らずのトワに変態扱いされるなんて……。
変態とは何じゃ。

……高が小便だけで随分と遅かったじゃねえか。
おしっこ序でに洋菓子の誂えに行っておった。其方の飲む珈琲も用意しておる。
……無論ブラック無糖だ。そう言えば其処の餓鬼、珈琲は飲めるか?無糖で。
砂糖を入れれば何とか飲めますよ!其れに僕は餓鬼じゃなくて勇者だって!
そうだ、トワは珈琲って飲めたりは……

妾は紅茶派じゃ。如何も珈琲は口に合わなくてのう。其れに妾は如何だか豆類だけは苦手なんじゃ。
魔王でも苦手な物ってあるんだ……。
……雑談ばかりしてねぇで本題行くぞ。見ての通りコビッドの強さは計り知れねぇ。
だが地球人は斯うも馬鹿じゃねぇ。既に無数の聖剣を生み出しているみてぇだ。
聖剣……、と言うよりも薬を身体に注射してコビッドの攻撃を防ぐ。此れが地球人の攻撃手段だ。
聖剣のお陰で徐々に日常を取り戻している国も在るみてぇだ。此れが聖剣の力だ。
だが俺達が戦うのはコビッド本体だ。此奴さえ死ねば地球の災禍が終わり、平和が訪れるって訳だ。
其れでもコビッドは更なる力を身に着けてやがる。支配する領土を失っても未だ本気でもねぇとはな。
要は地球人の抵抗で弱まりつつあるコビッドを俺達で討つ、って寸法だ。

何とか邪神の力は衰退しているって感じですね。聖剣の力って凄いや……!
其れでも尚、更なる覚醒を隠しているのが腑に落ちないな……。

謂わば此れは戦争じゃ。勇者よ、嘗て地球では悲惨な戦争が起きておったのは知っておろう?
陸を戦車が走り、海では砲雷撃戦の嵐、そして空からの爆撃……。此れは地球人同士の争いじゃ。
じゃが今回は違うぞよ。戦う相手が人間でなく1匹の邪神、其れも人類と和解の通じない輩じゃ。
此れは地球上の全人類と1匹の邪神との戦争じゃ。尤も相手はウイルスと言う兵器を持っておるがのう。
地球での災禍は此の兵器に因って起こされた物じゃ。奴はウイルスで人類を殺戮するのが目的じゃ。
余りに凶悪な故に邪神の武器は此れだけじゃな。更に其のウイルスも自我と知能を持ち合わせておる。
より多くの人類を殺す為の変異も厄介じゃ。聖剣の効果を克服し得る潜在力を持っておるかもしれん。
人類の努力を無に帰す変異を赦せば地球は終わりじゃ。その前に妾は邪神コビッドを斃さねばならん。
今一度言うが此れは戦争じゃ。其れも妾と聖王国との戦争と大違いの規模じゃ。
勇者ヒカリよ、今一度妾と終焉と手を組んで邪神と戦うのじゃ。強力な味方も付いておる。

……勿論僕も戦うとも!此れ以上地球を奴の思うがままにはさせたくない!!
よく言った。此れでこそ勇者って感じだな。随分と勇気のある餓鬼じゃねぇか。
……そうだ勇者、黄昏の野郎と今一度手合わせしてくれねぇか?てめぇの戦いが見たくなってな。

ええっっ!?もう一度トワと戦うの?そう言えばあの決戦で僕はトワに勝てなかったっけ……。
心臓を貫いて倒したと思えば黒い焔で完治だなんて理不尽の極み……!

奥の手は最後まで隠しておくのが常識じゃろう。言うても妾は魔王ぞ。意図も容易く斃せる訳無かろう。
まあ、終焉の言う通り其方と戦いたくなった所じゃ。一回り成長した其方の力、見せて貰おうかのう?
あの戦いの続きを始めようぞ。全力で行くぞえ?まあ、殺しはしないがのう。

せめて手加減してくださいよ!!君の強さは次元が違いすぎるんだって!!

……結局、僕はトワとの手合わせに付き合う事になった。場所は国の外の荒野。
かなり離れないと駄目なのでトワの運転する車で移動するようになった。
少し残念だったのがトワの愛車。凄く豪華な城に住んでいて、それも魔王と言う地位なのに……、
トワの車が軽自動車のN-BOXだなんて!!赤と黒のツートンでカスタムだったのは赦せたけど……。
せめて……、高級ブランドの車であって欲しかった。魔王だから其れ位はして欲しかった……。
そして、再び光の勇者である僕と魔王トワとの戦いが再び繰り広げられるのだった。