惑星A9の或る共和国を襲った戦争。其れは或る皇帝が民族浄化を謳って始めた大量虐殺だった。
悪魔の一族を根絶やしにしろと掲げて始めた侵略。其れが根も葉も無い嘘を口実である事を世界は知っている。
共和国に住む国民は誰にも迫害されずに悠々自適と此の国で平和に暮らしていた筈だった。
当然悪魔の一族である根拠も無い。宗教の迫害も無く、戦争にも一度も関わらず、平和を一貫していた。
然し、皇帝は其の民族を悪魔の一族として迫害し、戦争を仕掛けた。当然理由などは無い。
多くの国民が殺され、街は瓦礫の海と化し、多くの遺産は爆撃で失い、徐々に領土が奪われた。
遂には核爆弾も落とされ、象徴でもある豊かな自然と美しい大地は――― 焦土と化し、失われた。
だが、世界は共和国に救いの手を差し伸べる事は無かった。否、出来なかったのだ。
帝国が無理矢理にも採択した国家連合に根付く絶対無二の悪の法律に因って―――

廃墟と化した或る街。此の町で唯一生き残ったのは金髪の少女。
両親も友達も帰る場所を失った少女は冷たい雨の降りしきる中、一人街を彷徨う。
少女が唯一手に持っているのは一冊の絵本。小さな瓦礫を傘にして雨から絵本を守っている。
だが、少女は事後処理の制圧部隊に捕らえられ、或る帝国に奴隷として囚われる―――



帝国HT。暴虐の皇帝と呼ばれる男が統べる独裁国家。惑星A9に於ける戦争の大半は帝国が仕掛けたと言う。
有ろう事か皇帝は唯一生存していた其の少女を戦争の元凶として大量虐殺の罪を擦り付けられる。
惑星A9では皇帝が世界中で行う犯罪は全て罪にならず、正義の為の善行として帝国中で讃えられる。
当然国家連合もHTの皇帝を赦す事は出来ないが、帝国が強制的採択した連合法律によって其れが赦される。

「第95条 全世界に於いて皇帝〇〇によるあらゆる犯罪、戦争、殺戮は処罰されない」

当然此の無茶苦茶な法律は全ての国家が反対するも帝国の脅迫もあり、採択せざるを得なかった。
皇帝は其の法律を悪用して自ら麻薬の密造や密輸、世界中で強盗や殺人を犯し、戦争も引き起こしている。
一方の帝国HTでは人間が人間で居られない程に自由を制限されている。勿論人権も言論の自由も何一つ無い。
国境は非常に厳格な警備と配備されたシステムによって帝国を抜け出す事も出来ない。
抜け出そうとすれば警備システムによって焼き殺される。唯一国境を抜けられるのは兵隊か皇帝だけだ。
更に帝国は極寒の地に位置し、膨大な面積を持ちながら海外では帝国HTを「極寒の巨大監獄」と揶揄している。
国民も少ない食糧と劣悪な環境での労働と生活を強いられ、収入も僅かしか得られず、核兵器等の軍事費に充てられる。
特に僻地の生活は非常に過酷である。氷点下10度を下回る極寒が加わり、暖房や防寒具も碌に与えられない。
誰もが其の日暮らしの生活であり贅沢も儘ならない。死因の大半を餓死で占めているのが何よりの証拠である。
そして独裁国家に必ず付き物とされるのが死刑。執行基準が非常に緩く、皇帝や国家を批判すれば死刑。
どんな理由が有れ人を一人でも殺せば死刑。他国の文化に少しでも触れても死刑。外国語を使っても死刑―――
帝国での死刑はギロチンと銃殺が主流であり、何より拷問に依る死刑が最も重い極刑である。
女性であれ老人であれ子供であれ赤ん坊であれ皇帝の気紛れで国民が突如処刑されるのも日常茶飯事。
理不尽な濡れ衣で囚われた少女は死刑判決を受ける。裁判すら開かせてくれない。抑々司法機関すら無い。
少女が受けるのは最も苦痛を伴う拷問刑。磔にされて徐々に四肢を切断する残酷な刑だ。
大勢の観衆の中で磔にされた少女の前に処刑人が立つと先ずは剣で少女の足首切り落とす。
処刑場に少女の悲鳴が響き渡る。続いて処刑人は少女の両腕を切り落とした。
悍ましい程の血が足元に落ち、反動で少女は地面に叩きつけられる。それでも少女は生き永らえる。
足を切り落とされては逃げられない。もう一人の処刑人が少女を取り押さえ、剣を少女の首に向ける。
少女は痛みに耐えつつも叫び続ける。其れは―――、皇帝に対する怨嗟と憎悪の叫びだった。

「此の国では人間を一人でも殺せば私みたいに死刑になる。物を盗めば寒い監獄に閉じ込める。
 外からの文化も貿易も全て禁止されていると聞いているわ。其れなのに何で貴方だけが許されるの?
 私から訊くわ。貴方は此の星で何人もの人間を殺して来た?一万人?百万人?一億人?
 此の世界で好き勝手している癖に何で貴方だけが世界から裁かれないのは可笑しいわ!
 国民だって貴方の身勝手の所為で皆苦しんでいる!誰もが国の自由と未来と平和を望んでいる!
 元々貴方が皇帝になる前は此の国は平和で、外からの文化に触れるのも当たり前だった!
 其れを貴方が全てを禁じた!私の故郷を失った戦争も理由も無く貴方の妄想で仕掛けて来た!
 国民も世界中の人達も皆こう思っている。貴方なんか居なくなればいいのにって!!
 貴方さえ居なければ……、此の国だって世界だってずっと平和で居られたのに!!
 貴方は私達を悪魔として皆殺しにして来た!!でも、悪魔は貴方の方じゃないの!!!」

当然少女の言葉に皇帝は怒りを露わにした。どうせ死ぬ運命にある。だから少女は思いのままに叫んだ。
そして皇帝自ら少女の前に赴き、銃口を頭に当て、非常に重い怨嗟を込めてこう言った。

「悪魔は貴様の方だ。AZ共和国は平和を隠れ蓑に世界を踏み躙る悪魔を復活させようと企んでいる。
 表向きは軍も持たず兵器も徹底して排除し、世界一自由で平和な国家であると誇示している。
 だが、其の裏で世界の平和を脅かす悪魔を大量に生み出している。だから俺はAZに侵略を始めた。
 全ては―――惑星A9の平和の為だ。貴様等悪魔の一族を殲滅する為に俺達は戦っている。
 当然他の国にも貴様等と同じ悪魔の一族が潜んでいる。軈て貴様等の血が途絶えた時、此の惑星は平和になる。
 其の平和を拒んでいるのは――――――貴様等だ。どんな犠牲が生じようが悪魔は滅ぼさねばいけない。」

「こっちから戦争を仕掛けておいて何が平和よ!根も葉もない嘘で人を殺してばかりじゃないの!!
 其れにAZでは悪魔を生み出す事なんてしていないし私だってそんな事は全く知らない!!
 好き勝手に国を滅ぼそうとしているだけじゃない!貴方達のやっている事の何処に正義と平和があるの!?
 AZの人々はずっと平和に暮らしていた!其の自由と平和を奪っておいて平和を語らないで!!
 真っ赤な嘘で真実を掻き消して、暴力で国民の自由と人権を奪って……、貴方は皇帝の器なんかじゃない!!」

少女の言葉に遂に皇帝は銃の引き金を引いた。無慈悲で冷酷な銃声が処刑場に響き渡る。
更に肉も骨も残らない程に何発も銃を撃つ。観衆は恐怖の余り、反論の口も出せなかった。
此れが帝国HTの恐怖政治である。どんな反論も正義も欺瞞と腐敗と暴力で抑え付けるのが帝国のやり方だ。
唯一残ったのは磔刑台の下に落ちている血塗れの絵本。少女が囚われてからずっと服の下に隠していた。

「平和を奪った……?何を言っているんだ。AZ共和国は―――、今も平和ではないか。」

少女を撃ち殺し、一言呟くと皇帝は王座に戻ろうとする。然し、少女の身体にある変化が起きる。
禍々しい邪気が少女から湧き出て来る。其の邪気は血塗れとなった絵本に吸い込まれていく。
軈て絵本は少女の身体に取り込まれ、何処からか怨嗟のような言葉が響き渡る。



「我らは虐げられてきた 我らは蔑まれてきた 今此処に宣言しよう」

「我ら『魔女』による【魔女裁判】を開始する」




少女の身体は徐々に異形を模る。其れは大切に持ち歩いていた絵本の登場人物を模した姿だった。
皇帝が振り向くと其処には巨体となった異形の怪物の姿があった。皇帝が銃を撃つも微動だにしない。
そして怪物は超能力で皇帝を浮き上がらせ、異形の腕で持つ巨砲で皇帝の頭を打ち抜いた。
こうして皇帝の悪の覇道は幕を閉じた。皇帝の死を目の前に群衆からは一気に歓声が上がった。
誰もが皇帝の存在を拒んでいたからだ。理不尽な恐怖政治の終焉に国民は一同、涙を流していた。
然し其の喜びも束の間、異形の怪物は蒼い瞳から光線を放つと群衆は一瞬で消息を絶った。
更に怪物は上空に舞い上がり、魔法のような一言囁くと帝都は一瞬で火の海と化した。
斯くして巨大監獄国家と呼ばれた帝国HTは壊滅した。然し、少女の物語は此処で終わる事は無い。
世界は異形の怪物となった少女を、世界の平和を揺るがす脅威であると認識したのだ。
ドローンに戦闘機、戦車、戦艦と全世界が総力を挙げて一丸となり、異形の怪物を討伐しようとする。
其れに対して怪物は何処からか巨竜の群れを呼び寄せる。ジャバウォックと呼ばれる凶悪な竜だ。
竜の圧倒的な強さに世界は蹂躙され、遂には核兵器をも持ち出すも巨竜の群れには効かない。
巨竜の群れの蹂躙以外にも核攻撃の巻き添えもあり、惑星A9は草木一つ生えない死の星と化した。
怪物となった少女は巨竜の群れの蹂躙の間に何処かに姿を眩ます。その後の消息は判らない。
或る情報に寄れば惑星マクシオンで其の姿を見掛けたとされるが詳しくは判ってはいない。







―――滅びた惑星の嘗て悪の帝国だった地の朽ちた処刑場に落ちている一冊の絵本。
穴だらけで血塗れの表紙に薄らと見える絵本の題名は―――「不思議の国のアリス」